アオスタ渓谷入口のローマ橋ポン・サン・マルタン Pont-Saint-Martin(イタリア)

 ポン・サン・マルタン(Pont-Saint-Martin)はアオスタ渓谷の入り口近くにあるローマ橋です。一つのアーチで川を越えていて、そのアーチの幅(スパン)は35.6mあり、現在に残るローマ橋のアーチとしては最大のものです。





橋の場所

 ガリアに通じるローマ街道がアオスタ渓谷に入ってすぐのところにあります。アオスタ渓谷を刻んだドラ・バルテア川に沿って伸びている街道が、北のアルプス方面から流れて来る支流のリュス(Lys)川を渡ることろにこの古代ローマ橋が架かっています。橋の周辺は同名の村の中心になっています。

 高速道路や鉄道はドラ・バルテア川沿いを通っていますが、この橋はそこから1kmくらい北に離れていて、リュス川が山から盆地に流れ出る直前のところに架かっています。ドラ・バルテア川とリュス川が合流するこの盆地は増水すれば水没する湿地帯だったと思われ、そのため山際に迂回して街道を通したのです。今でもこの辺りの街並みは川沿いではなく、北の山際に沿っています。

 アオスタを経てアルプスを越えガリアに至るこの街道が整備されたのはアウグストゥスの時代で、この橋が架けられたのもその時と思われます。

橋の形

 橋はリュス川の両岸の間を一つのアーチで跨いでいます。アーチのスパン(直径)は35.6mあり、これは今に残っているローマ橋のアーチのスパンとしては最大です。(The Oxford Encyclopedia of Ancient Greece and Rome)他にスパンの大きなアーチとしては、首都ローマのティベリーナ島の東側に架かるファブリキウス橋のものが24.5m、ポン・デュ・ガールのものが最大24.4mありますが、それより遥かに大きなものです。

 橋の上は両側から中央に向けて一定の勾配で登っていて、断面図にすれば二等辺三角形の二辺のような形です。勾配はそのまま接続する道にまで続いていて、ここを通る人は一定の勾配で登ってきて橋中央部の頂点に至り、そこからまた一定の勾配で降っていくことになります。

 道幅は4.6m。ローマ街道の一部ですから十分に車両がすれ違える幅が橋の上でも確保されています。

橋の上は両側から中央に向けて一定の勾配で登っていてます。

 橋の中央に立つとかなり高く感じます。川面からの高さは20mほど。下流になる西側はドラ・バルテア川の対岸の山並みが望めて爽快な眺めです。

橋の中央の一番高いところから西を望んだところ。

橋の周辺

 橋の北側、アオスタ側は、橋から続くローマ通りという名の道が左にカーブしながら下って今の車道に合流しています。おそらくこれがかつてのローマ街道のルートだったのでしょう。

ローマ通りから橋の方を見たところ。建物の下をくぐった先が橋です。

 南側の道は急坂でジグザグに2度折り返して現在の車道の橋のたもとに下っています。古代ローマ街道がこんな形だったとは思えませんが、 当時のルートはわかりません。 おそらく緩やかに傾斜した道があったと思われますが、崖が迫っている上に辺りは建物が密集していてそれらしい道がないのです。

南側の道はジグザグになっています。ローマ街道がこんな形のはずはないのですが。

 南のたもとには3階建ての建物が橋に接して建っています。私が訪れたときには3階のバルコニーから住人らしきおじさんが外を眺めていました。現代の人が住む普通の住宅と古代の建造物が一体化しています。2000年前に造られて今も使われる橋の脇に住むなんて、自分もその歴史を紡ぐ一員となったような気分を味わえそうで、羨ましく感じます。でもこういうのはヨーロッパ各地にありますね。代表は遺跡それ自体がアパートになっているローマのマルチェッロ劇場でしょう。

3階のバルコニーからおじさんが外を眺めています。

巡礼路

 橋の北のたもとには門が建っていて、これをくぐって橋に出入りするようになっています。そして橋の中央部の一番高いところには東側に祠があります。門も祠も後の時代に造られたものと思われますが、一体で礼拝施設という感じです。

橋の中央部の祠と北のたもとの門。

 祠の足元には黄色いペンキで巡礼者の姿が描かれていて、今も現役の巡礼路であることがわかります。ここはフランチジェナ街道(Via Francigena)という中世から続くヴァチカンへの巡礼路の経路なのです。イギリス国教会の中心地であるカンタベリーからドーバー海峡を渡り、フランス、スイスを縦断し、グラン・サン・ベルナール峠を越え、ここを通ってローマまで続いています。たどるルートは古代ローマ街道と重なる部分が多いと思われ、少なくともスイスのマルティニからグラン・サン・ベルナール峠を越えてローマまでは古代のローマ街道そのものです。

足元には巡礼路を表すマークが描かれています。

悪魔の橋

 西ローマ帝国滅亡後に建設技術が失われると、各地で悪魔が橋をかけたという伝説が生まれましたが、ここにも悪魔がトゥールの聖マルティヌスとの取り引きで橋をかけたという伝説がありました。今の橋の名は、聖マルティヌスのフランス語名サン・マルタン(San Martin)から来ています。橋の上の祠の中に祀られているのもこの聖人でしょう。

 その伝説というのは、巡礼中にここを通りかかったマルティヌスが悪魔と取引し、最初の生き物の魂と引き換えに一晩で橋を架けてもらったというものです。翌日、聖マルティネスは子供と犬が遊んでいたボールを橋の上に投げ、それを追った犬が悪魔の犠牲となり、村人は助かりました。(Wikipediaイタリア語版の”Pont-Saint-Martin (Italia)”)各地の悪魔の橋の伝説は登場人物が違うだけでどれも同じような話です。

 川岸の歩道に下って橋を見上げると、その高さに驚かされます。悪魔がかけたと思うのも無理ありません。

河原の道から見上げると高さに圧倒されます。

行き方

 ポン・サン・マルタンというイタリア鉄道(トレニタリア)の駅があります。ローカル線で列車本数が少ないので時刻を確かめて行きましょう。 ポン・サン・マルタン(Pont S.Martin)駅から橋までは約1kmあります。

 高速道路がドラ・バルテア川沿いを走っていて、ずばり Pont Saint Martin という名の出口があります。一番近い大都市はミラノで、車で1時間45分ほどです。トリノ からは1時間25分、アオスタからは1時間です。

高速道路の Pont Saint Martin 出口。

 橋のすぐそばが街の中心で、北岸の川沿いに駐車場とバス停があり、ここにはミラノと結ぶ直通バスが発着します。

橋はポン・サン・マルタン村の中心部、店やホテル、バス停があるところのすぐそばです。
バス停からはミラノとの間を結ぶバスが発着します。

 駐車場側から橋の上に行くには、橋の下に開けられたトンネルを潜って一旦上流側に行き、左手の階段を登って引き返します。

橋の下をくぐって一旦上流側に行きます。
折り返すように階段を登り、左に行くと橋の上に出ます。

 南岸は車道からジグザグの坂が橋の上に通じています。

 西3kmにドンナスのローマ街道跡、4.5kmにバール城砦(Forte di Bard)があり、一緒に訪れるのがお勧めです。

ドンナス村の古代ローマ街道跡。
バール城塞(Forte di Bard)。
バール城塞の斜行エレベーター。

Posted by roma-fan