現存する中で最長―メリダのローマ橋(スペイン)

 スペインのメリダには二つのローマ橋があり、このうち西のグアディアナ川に架かる橋は現存する古代ローマ橋の中で最長です。メリダは古代ローマ時代から交通の要衝で、二つの橋も街道網の一部でした。




グアディアナ川に架かるローマ橋

現存最長のローマ橋

 メリダの街の西側を南東から北西の方向にグアディアナ川が流れています。この川はマドリードの南東部を水源とし、メセタと呼ばれるイベリア半島中央部の大地を西に流れて大西洋に注ぐ大河です。

 ここに架かるローマ橋は全長792mあり、現存する古代ローマ橋の中で最長です。すたすた歩いても片道10分はかかります。実際に渡ったとき、最初は古代ローマに思いを馳せいろいろ見ながら歩いていましたが、そのうち無言でひたすら歩いているだけの自分に気付きました。渡り切って振り返ると橋が一直線にずっと向こうまで伸びていて遠くにメリダの街並みが見え、「これをまた歩いて戻らなきゃ行けないのか。」と嫌になってしまいました。はるばるこの街にやって来た古代の旅人も「やっと街に着いたと思ったらまだこんなに歩かなきゃ行けないの?」と心が折れそうになったかもしれません。

 橋は60個のアーチからなります。ローマ橋というと私はアーチが5個くらいの橋をイメージしますが、それを完全に超越しています。アーチが60個連なる姿って、想像だけで思い描くのはちょと無理です。

 橋は歩行者専用ですが観光用ではなく、街に出入りする人々が行き交っている生きた橋です。

対岸の勾配を登ったところから街の方を見たところ。街が遠い。古代にはこのあたりに凱旋門があったようです。

生い立ちの異なる3つの区間

 橋は3つの区間、すなわち街側から中洲まで、中洲から対岸まで、対岸の陸地部分で大きく生い立ちが異なります。

 最初の区間は街側の端から、中洲に降りる Humilladero と呼ばれる坂道が南に直角に取り付けられているところまでの130mです。この部分は当初の姿を一番良く留めていると考えられています。

 ローマン・コンクリートの芯を切石で覆っていて、10個のアーチからなります。

 橋脚の基礎部分は上流側が丸く張り出していますが、これは水の圧力を緩和するための水よけ(カットウォーター)です。またアーチの間には小さな窓のようなアーチが開いていて、増水したときにここを水が通り抜けることで橋への圧力を減じるようになっていました。この小アーチは首都ローマのティベリーナ島に架かるファブリキウス橋など多くのローマ橋で見られます。古代ローマ橋が今でも数多く形を保っているのは頑丈なだけではなく、これらの構造で橋への負担を軽減しているからです。水よけや水を逃す穴は Humilladero の坂道やそれを降りた中洲からよく見えます。

街に近い部分は当初の姿をよく留めています。橋脚には丸い水よけ(カットウォーター)がつけられて水の圧力を緩和しています。橋のたもとに見える壁のようなものは9世紀にアラブ人が築いたアルカサバという要塞です。古代ローマ時代にはここに城壁があり、橋を渡ったところに城門がありました。
上流側から見たところ。橋脚に洪水時に水を抜けさせる小さなアーチが開いています。
ローマのファブリキウス橋にも洪水時に水を通り抜けさせる小アーチが開いています。

Humilladero の坂道

 2番目は Humilladero の坂道から350m程のグアディアナ川の本流を渡る区間です。この区間の終わりは橋が対岸の陸地に掛かったところで、ここにも南側に河畔に下る坂道があり、San Antonio と呼ばれてます。

 この区間は自然や人の手により損傷したり破壊されたりして、何度も修復されました。その多くは記録も残されていませんが、橋の形式やアーチの大きさが様々であることでそれが判ります。

 街側、すなわち Humilladero の坂道から5つのアーチは他よりも大きく、上流側の水よけが三角形で上部がピラミッド型になっていて他と異なります。この部分は古代には橋ではなく巨大な五角形の水よけだったところで、これが両側の橋を同じ高さでつないでいました。それ以外の橋脚は街側と同じ丸い水よけです。

三角形で上部がピラミッド型となった水よけ。ここは古代には5角形の巨大な水よけがあり、17世紀にアーチ橋に置き換えられました。
橋のたもとにある説明板に5角形の巨大な水よけが描かれています。

San Antonio の坂道。

 3番目の区間は San Antonio の坂道から橋の西端までの280mほどです。この区間は部分的に補修されてはいますが当時の姿がよく残されていて、街に近い一つ目の区間と同じ大きさのアーチからなります。現在は San Antonio の坂道から先は陸地ですが、おそらく橋が架けられた当時は浅瀬だったか、洪水時だけ水があふれる河床だったのでしょう。大量の水が流れることがなかったため、こちら側は水よけも洪水時に水を通す小アーチもありません。

 Wikipediaスペイン語版によるとこちら側にはコンクリート製の土台の跡が残っていて、凱旋門などの装飾があったと考えられているそうです。メリダの国立ローマ博物館にある古代ローマ時代の街の模型には橋の上に凱旋門が一つ建てられています。古代ローマのコインの絵柄から一つ以上のアーチと扉があったことがわかるそうですが、ネットでいろいろ探してみたものの残念ながらそのコインは見つけることができませんでした。

3番目の区間は今では陸の上です。
橋の終点は地面の高さまで坂を下ります。

建造の歴史

 もともとグアディアナ川のこの場所には二つの中洲があり、川の流路が3分割されていたと思われます。最初に作られたのはそれぞれの岸から中洲までの橋と二つの中洲を結ぶ中央の橋の3本で、橋は接続されておらず中洲に下りるようになっていました。

 次の段階として、街側の中洲に巨大な五角形の水よけが建設されて、街側と中央の橋が同じ高さで連結されました。また中央の橋と対岸側の橋はアーチ橋で連結されました。

 巨大な五角形の水よけは17世紀に5個のアーチに置き換えられて今の姿になりました。

メリダの国立ローマ博物館にある古代ローマ時代の街の模型。街側の中洲にあるベース型のものが水よけです。街の対岸には凱旋門があります。

アルバレガス川にかかるローマ橋

 メリダの街の北側でグアディアナ川に東から支流のアルバレガス川が流れ込んでいます。ここにもうひとつのローマ橋が架けられています。

 こちらのローマ橋は長さ145mでアーチが4つと短い橋です。切石積みの外観はグアディアナ川のものとよく似ていることから、同じ時期に架けられたものと思われます。

 19世紀に欄干などが追加されましたが、それ以外は元の姿を留めています。アルバレス川は水量がさほど多くないので、橋脚には水よけや洪水時に水を通す穴はありませんが、街側に洪水に備えた2つの小さなアーチが開いています。

 この橋も歩行者専用で、生活のために人々が行き交う生きた橋です。

アルバレガス川にかかるローマ橋の上流側。切石積みでグアディアナ川のローマ橋とよく似ています。
生活のために人々が行き交う生きた橋です。

 100m東側に並行してミラグロス水道橋がアルバレス川を渡っています。この水道橋を通るプルセルピナ水道は1世紀から2世紀とローマ橋よりあとの時代に造られたものです。

 この水道橋は有名観光スポットでガイドブックにも必ず載っていますが、隣のローマ橋はまず載っていません。あまりにも普通に地元の人が通行していて案内板などもないので、古代の橋だと気付かずに見逃してしまう可能性が大です。私も訪れたときにはそれと知らず、でも側面の見た目がどう見てもローマ橋のようだったのでもしやと思い後で調べてみたらやはりそうでした。ミラグロス水道橋を見に行ったらその横のローマ橋もぜひ見てみて下さい。



100m東側に並行してミラグロス水道橋があります。

都市建設とローマ橋

 メリダは紀元前25年に造られた古代ローマ都市エメリタ・アウグスタ(Augusta Emerita)が起源です。アウグストゥスの時代にローマがイベリア半島のほぼ全てを手に入れ、紀元前25年から13年頃のどこかで属州を再編したときに西部に置かれたルシタニア属州の州都とされました。

 州都とされたのはここが東西と南北の街道が交差する交通の要衝で、二つの川に挟まれた地形が守るのに適していたからです。

 グアディアナ川に架かる橋は、街の中央にあるスペイン広場の南端から川に下る通りとほぼ一直線になっています。この通りは古代ローマ都市の中央を東西に貫いていたデクマヌス・マクシムスにほぼ相当します。つまり橋は街の中心線を延長したところに架かっていたことになります。

 グアディアナ川はローマ橋が架かっている辺りに中洲があって川の流路が分かれ、川幅も広くなっています。水深が浅く流れが緩やかだったためにここが橋をかける場所に選ばれたものと思われます。橋の位置が都市の位置を決めたと言ってもよく、この橋は都市エメリタ・アウグスタと一体でほぼ同時に建設されたものと考えられます。

国立ローマ博物館の模型。橋と通りが一直線になっていて、橋を渡ったところに城門があるのがわかります。

 北のアルバレガス川に架かる橋の方も都市を南北に貫くカルド・マクシムスという通りとつながっていました。こちらは一直線ではありませんが、カルド・マクシムスの北端の城門を出て少し右に折れ、坂を下った延長線上に架かっています。

 二つのローマ橋は街から北、西、南に向かう主要ルート上にあり、かつては自動車も通行できましたが、グアディアナ川に架かる橋は北側に並行するルシタニア橋ができた1991年から、アルバレガス川に架かる橋は1993年から歩行者専用になりました。

グアディアナ川のローマ橋の北側(下流側)に1991年に架けられたルシタニア橋。この橋ができるまではローマ橋の上を車が通っていました。

橋とローマ街道

 ではこの2つのローマ橋を渡った先、街道はどこに通じていたのでしょうか。

 メリダを出てグアディアナ川に架かるローマ橋を渡ったあと、街道は南に向かってヒスパニア・バエティカ属州に入り、セビリア(古代のヒスパリカ)に通じていました。属州の境界はメリダから80km南で、メリダはルシタニア属州内で南の端に近いところに位置しています。メリダ付近を除けばグアディアナ川が両属州の境界でした。

 アルバレス川に架かるローマ橋を渡った先では街道はそのまま北上し、サラマンカ(古代のサラマンティカ)を経てヒスパニア・タラコネンシス属州に入り、アストルガ(古代のアストゥリカ・アウグスタ)に通じていました。現代ではこの道は銀の道と呼ばれる巡礼ルートとなっています。「銀の道」というと銀の運搬に使われたように思ってしまいますが、実はその名はアラビア語で舗装道路を意味する “al-balat”から来ていて、つまり古代ローマ街道そのものを言い表した名前です。

 メリダから西には、当時同じルシタニア属州に属していた大西洋岸のリスボン(古代のオリシポ)との間に街道が通じていました。現在の西に向かう高速道路はメリダを出るとグアディアナ川を渡ってしばらく南岸を進みますが、一般道はグアディアナ川を渡らずに北岸を行きます。グアディアナ川は南西方向に流れていくので、真西にあるリスボンには川を渡らなくても行けます。古代のローマ街道がどちらのルートだったかわかりませんが、南岸を行くとすればグアディアナ川のローマ橋、北岸を行くとすればアルバレガス川のローマ橋を渡ってリスボンに向かったことになります。

 いずれにしてもメリダから北、南、西に向かうには橋を渡って行く必要があり、二つのローマ橋はイベリア半島の街道網の一部をなしていたことがわかります。

 東からメリダに至る街道はこれらの橋を渡る必要はありません。首都ローマ方面からは地中海沿いを進んでヒスパニア・タラコネンシス属州の州都タラゴナ(古代のタラコ)まできて、ここから内陸に入りサラゴサ(古代のカエサルアウグスタ)、イベリア半島中央のトレド(古代のトレトゥム)を経て東からメリダに入りました。南東方向にあるヒスパニア・バエティカ属州の州都コルドバからも街道が通じていましたが、これはメリダの東、グアディアナ川の南岸にあるメデリン(またはメデジン、Medellín、古代の Metellinum)でグアディアナ川を渡り、トレドからの街道と合流したと思われます。メデリンは紀元前79年とメリダよりずっと前に建設された古い街で、ローマ劇場跡が残ります。グアディアナ川に架けられた橋は中世に建設されたものですが、元は古代ローマ時代に造られた橋を架けかえたものと言われています。

行き方

 マドリードからメリダへは列車で約5時間です。高速鉄道AVEが建設中で、これができれば劇的に早くなるはずです。距離が同じくらいのコルドバまでAVEで1時間40分ですから、同程度で行けるようになるでしょう。2023年完成予定とされていますが、スペインですから本当にできるか定かではありません。

 私が訪れたのは朝でしたが、どちらの橋も通勤や買い物など生活のために渡っていると思われる人が数多く行き交っていました。まさに生きている橋です。

 グアディアナ川に架かるローマ橋は、スペイン広場から西に進み、アルカサバの北側を通って坂道を降ったところにあります。アルカサバは9世紀にアラブ人が築いた要塞ですが、これは古代ローマ時代に街の城壁と門の基礎の上に建設されたものです。河畔に坂を下る途中に古代ローマ時代の噴水の飾りだった浮き彫りが飾られていますが、これはグアディアナ川を擬人化したものだそうです。坂を下ったところはラウンド・アバウト(ロータリー)になっていて、その中央にはローマの象徴、狼の乳を飲むロムルスとレムスの像があります。

グアディアナ川を擬人化した古代ローマ時代の噴水の飾り。
ローマの象徴、狼の乳を飲むロムルスとレムスの像。

 グアディアナ川の橋は実際に渡ってみるととにかく長いので、対岸まで渡るなら十分に時間をとっておきましょう。いろいろ見ながら往復するなら最低でも30分は必要です。

 アルバレガス川の橋は古代のカルド・マクシムスの跡と思われるカルヴァリオ通り(Calle Calvario)を北に行き、城壁のあったと思われるところで右に折れて坂を下るとその延長線上にあります。坂を下ったところで線路が行く手を塞いでいるので、すぐ右手にあるトンネルを潜って川原に抜ければ橋に行くことができます。

古代のカルド・マクシムスに当たるカルバリオ通りを北に進むと坂を下った延長上にローマ橋、右手にはミラグロス水道橋があります。行く手を線路が遮っていますが右にトンネルがあって向こうに抜けられます。

 橋はミラグロス水道橋の西隣です。あまりにも普通に地元の人が通行していて案内板もなく、ガイドブックなどでも紹介されていることが少ないので、古代の橋だと気付かずに見逃してしまいそうです。私も訪れたときにはそれと知らず、でも側面の見た目がどう見てもローマ橋だったのでもしやと思い、後で調べてみたらやはりそうでした。

 メリダは中心都市であり続けたにもかかわらず、古代ローマの遺跡がたくさん残っています。国立ローマ博物館の展示物も見事なものが大量にあります。古代ローマ好きなら1日見ていても飽きることはないでしょう。



参考資料

更新履歴

  • 2020/7/4 新規投稿

Posted by roma-fan