オランジュのローマ劇場~かつての姿を残す劇場(フランス)

「パンとサーカス」という言葉が表す通り、古代ローマでは市民に娯楽が潤沢に提供されていました。そのなかでも演劇は重要な要素で、都市には必ず劇場があります。今でもイタリアはもちろん、ヨーロッパ各地、そしてアフリカ、中近東まで数多くの劇場が残っています。中でも南仏オランジュの劇場は昔の姿をとてもよく残していて、古代ローマ劇場がどんなものだったかをこの目で確かめることができます。


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劇場のかたち

 首都ローマの中心地にマルケッルス劇場というのがあります。古代ローマの劇場の中でおそらくいちばん有名で、実物を見た人も圧倒的に多いでしょう。でもマルケッルス劇場は後世に要塞、そして今では住宅に転用されてしまいました。古代遺跡がアパートになっていて普通の人が住んでいるというのは、これはこれでとてつもなく面白いものの、元の劇場の姿を想像するのは不可能。下手をすると現代のような屋内の劇場をイメージしてしまうかもしれません。

 これに対してここ南仏オランジュの劇場は古代の姿を見事にとどめています。すり鉢を断ち切ったような観客席に舞台、という野天の劇場です。まあこれはどこかで見たことがあるでしょう。

 しかし実際に行ってみて一番目につくのは、舞台の後ろにそびえる分厚い壁です。この壁も古代ローマ劇場のなくてはならない要素なのです。

 劇場に近い駐車場に車を止めたときから、3階建ての町並みの上になにか飛び出しているのが見えていました。地図を見ながら劇場に近づくと、先ほどから見えていたそれは、まるで巨大な要塞の外壁のようにがっしりとそびえ建っています。劇場の中に入って初めて、それが劇場の一部をなすものだと気付きました。

 すり鉢の底から見ると、この壁が圧倒するような存在感で迫ってきます。

 舞台の上では演劇をやるのですから、背後を遮るものが必要で、そこに壁があるのはわかります。でもこの大きさと造形は単なる「背景」というレベルをはるかに超えています。壁の高さは37m。12階建てマンションに相当します。

 よく見ると形が結構複雑です。2〜3層に見えますし、デコボコしていてくぼみがたくさんあります。中央上部の大きなくぼみにはどこかで見たことがあるような像が見えます。わずかに神殿のような円柱も見えます。

 この壁は、当時大理石に覆われていたそうです。白く輝き装飾された壁は相当迫力のある光景だったでしょうね。

観客席を登ってみる

 観客席の石段を登って最初の水平な通路で舞台を振り返ると、この壁に包み込まれるような感覚になります。写真を撮ろうとしても、舞台や壁のごく一部しか画面に収まりません。

 2番目の通路まで登ってみます。ここからだと壁の中央の大きなくぼみ、壁龕といいますが、ここに置かれた像がよく見えます。右手を上げたあの姿、あれはやはりアウグストゥス像ですね。アウグストゥス像は高さ3.55mもあるそうなのですが、そこまでの大きさに感じないのは、壁自体が巨大だからですね。この劇場はアウグストゥスの治世に造られたもので、つまりできてから2000年経っています。

 この像は1951年に発掘されてここに置かれました。大きさがピッタリ合っているので、たしかにここに置かれていたのでしょう。他にも小さな壁龕が数多くありますが、かつてはこれらにも神像などが置かれていたそうです。

 3段目の通路まで登ってきて初めて、劇場の全体を見渡せるようになります。でもここでも写真で全体像を入れるのは無理。それほど巨大なのです。

 観客席の上の方の通路の端からは、背後の岩山が見えます。実はこれがローマの典型的な劇場と違う点です。ギリシャの劇場が自然の地形を利用して観客席を作っていたのに対して、古代ローマの劇場は最初のポンペイウス劇場以来、平地に石とコンクリートで建てています。これによってどんなところでも自由に劇場が作れるようになったわけです。しかしここは自然の岩山を利用して観客席を作っています。たぶん、たまたま都合のよいところに岩山があったので利用したのでしょう。

観客が最初に目にするもの

 観客席の裏側の通路にも入ることができます。

 通路の暗がりから観客席に出ると、正面に大理石で白く輝く壁が視界を埋め尽くし、そしてその中央にはこれまた白く輝く巨大なアウグストゥス像が、こちらに片手を上げています。

 これは征服したガリアの人たちにローマの力を見せつけるためだと、最初は思っていました。

 しかしどうもそうではなさそうです。オランジュは紀元前40年に第2軍団アウグスタの退役軍人の入植地として建設された都市で、当時第2軍団アウグスタを率いていたのはオクタビアヌス、つまり後のアウグストゥスでした。退役軍人たちはかつての自分たちのリーダーの姿をここで目にしたわけです。勝利したがゆえにここでこうして観劇をしているわけで、感謝の念と自分たちの誇りを新たにし、心豊かな余生を送ったのではないでしょうか。

訪問ガイド

 オランジュは南仏プロバンスの人口3万人ほどの小都市です。古代ローマ劇場はこのオランジュの街の中心部にあります。

 車ならローマ劇場の南東にある公共の地下駐車場に車を止めれば、歩いて5分ほどです。

 駅は東にやや離れていますが、歩いて15分ほど。在来線の駅で、パリから行く場合はTGVでアヴィニョンまで行き、在来線で戻るのが一番早いようです。TGV専用線は郊外を通っていて駅はないのですが、朝、夕の2本だけ、パリから在来線のオランジュ駅に直接乗り入れるTGVが運行されています(2018年2月現在)。

 ローマ劇場から北に15分ほど歩くと凱旋門があります。これも見事なものですから、ぜひ一緒に見ておきましょう。

Posted by roma-fan