アルプスのトロフィー~アウグストゥスを称える記念碑(フランス)
古代ローマ遺跡巡りのマニアックなものででもない限り、ツアーで訪れることはまずないこのアルプスのトロフィー。またの名を「アウグストゥスのトロフィー」といいます。古代ローマは劇場といいテルマエといい規格化したものをあちこちに造っていきましたが、これは他にはない独特なものです。
トロフィーという名ですが
トロフィーというと一番なじみがあるのはサッカーワールドカップのものでしょうか。名前だけ聞くと、どこかの博物館にそのようなものが展示されているのを連想してしまいますが、まるで違います。
このアルプスのトロフィーは建物です。
トロフィーというのは勝者を称えるために贈られるものですが、アルプスのトロフィーは、アウグストゥスがアルプスに住む45の部族を平定したことを称えて紀元前6年に元老院から贈られたものです。
アルプスの平定って何?
ところでここで讃えられているアルプスの部族の平定って何でしたっけ?
既にカエサルがアルプスの向こう側のガリアを征服しているのに、その手前のアルプスを平定するというのがどうにもピンときません。どうもアルプスの山中にはまだ従わない部族がいたということのようですが、よくわかりません。
アウグストゥスはエジプトを領土に加えたほか、イベリア半島や今のルーマニアなど外側に領土を拡大してローマ帝国の形を作ったといえます。それに比べローマからほど近いアルプスの平定というのは地味に感じてしまいます。
しかしアルプスのトロフィーは一辺35m、高さ61mとかなり巨大です。アルプス平定が相当な重みを持っていたものと想像されます。
独特な形
戦勝記念というとよくあるのは凱旋門です。アウグストゥスに捧げられたものも当然あって、リミニにある紀元前27年に作られたものを始めいくつか残されています。しかしアルプスのトロフィーは凱旋門とは似ても似つかない形をしています。
残されているのは3分の1ほどなので元の形がわかりにくいのですが、すぐ脇の小さな博物館に復元した模型が置かれていて、かつての姿がわかります。それによると、四角い基壇の上に円形の神殿が載ったような、ちょっと他には見当たらない独特な形です。
神殿や霊廟に部分的に似たようなものはあります。
例えばフォロ・ロマーノのヴェスタ神殿は円形で周りに柱が建っており、アルプスのトロフィーの上層と似ています。しかしこうした神殿は基壇部分から円形です。
似たような2層の建物としては、当時既に世界七不思議として存在していたアケメネス朝ペルシアのマウソロス霊廟があります。ただこれは2層目が四角形なので見た目の印象はだいぶ違います。アメリカ、ニューヨークにあるグラント将軍ナショナルメモリアルは、そのマウソロス霊廟に倣って造られたらしいのですか、第2層が円柱なので、むしろアルプスのトロフィーにそっくりに見えます。
いずれにしても先行する建造物に同じようなものがなく、なぜこの形なのか解りません。
ちなみにアウグストゥスの霊廟はローマのテベレ川近くにありますが円形で、アルプスのトロフィーとは全く形が違います。その霊廟は紀元前28年、アウグストゥス35才のときに自ら建造したものです。アルプスのトロフィーはそれよりだいぶ後の紀元前6年、57才のときに造られたもので、その頃には友人であり腹心でもあったアグリッパもマエケナスも既にこの世の人ではありませんでした。唯一無二の存在であるアウグストゥス、友を失い寂しい老皇帝への贈り物として、他にはないものを贈ったのでしょうか。
ここはアルプス
ところでアルプスでのできごとの記念碑がなぜ海に面したこの場所に建てられたのでしょうか。
アルプスというと私が思い浮かべるのはアイガーやマッターホルンで、イタリアの北にあるイメージです。でも調べてみたらアルプスはそこから更に南西の方角に伸びていて、最後はイタリア・フランス国境の辺りで海に落ち込んでいるのでした。Googleマップの航空写真を見てもアルプスが海に達しているのがわかります。つまりトロフィーの建つここはアルプスの一部なのです。「マリティム・アルプス(Maritime Alps)」という呼び名も付いていました。
紀元前13年にピアチェンツァからここまでユリア・アウグスタ街道が造られました。後に街道はアルルまで延長され、ドミティア街道に合流してスペインに至る重要なルートになります。しかし紀元前6年にこのトロフィーが造られた当時、街道はまだ行き止まりでした。このトロフィーが多くの人の目に触れることは期待できなかったはずです。
アルプスのトロフィーは地中海を見下ろす崖の上に立っています。ということは地中海を行く船から白く輝いてそびえ建つこのトロフィーはよく見えたはずです。おそらくこのトロフィーは、海を通る人々に見せるために造られたのでしょう。地中海を制圧したローマが、海上を行く船にその力を見せつけるためのものだったのではないでしょうか。
対面
入場料を払って中に入り、丘を巻くように登っていくと、眼下にモナコの街を臨みます。高層建築が建ち並び、港にはたくさんの船があるこの海岸沿いの一画だけが別の国なのですから、不思議な感じがします。
ここから東の方にかけてかなり急な崖が海に迫っているのがわかります。これがアルプスの端っこなのですね。こんな急な崖なのに、ヤギが草を食べていたのには驚きました。いったいどこに住んでいるのでしょうか。
さらに登るとトロフィーが現れますが、最初に目にする側はかなり崩れていて、元の形は全く想像がつきません。
向こう側に回ると1段目が綺麗に復元されていて、巨大な銘文に文字が彫られているのが見えます。
南面には階段が付けられていて、登ると2段目の円形の壁とそれを取り巻く円柱を間近に見ることができ、巨大さが実感できます。
トロフィーの傍の博物館に復元模型やアウグストゥスの像、発掘されたものが置かれています。復元模型を見てから改めて実物を見ると、かつての姿が想像できます。てっぺんにはアウグストゥス像が立っていたそうで、何とも不思議な建物だと感じます。
訪問ガイド
アルプスのトロフィーはラ・テュルビー La Turbie という町にあります。イタリア国境に近く、ニースの近く、海外沿いの小国モナコの真上にあります。
私は車で西のエクス・アン・プロヴァンスから高速道路を通って来ましたが、町は La Turbie出口を出てすぐでした。ニースまでは斜面に付けられた緩やかな坂道を下って15kmほどです。モナコからも道路は通じているようですが、急斜面なので運転に自信がない方は避けた方がいいでしょう。ちなみにこのモナコへの道は、グレース王妃が運転中に脳梗塞を起こして車が崖から転落し、命を落としたところです。
トロフィーは町の中心から見上げた丘の上に建っています。入口は北側にあり、そこまで車道が通じていて駐車場もあります。私はそれを知らずに大通りに面した町の中心にある駐車場に車を止めたのですが、町中の細い坂道を登って行ったらトロフィーの外側を囲う壁に突き当たり、閉門時間が近いのに入口がわからずかなり焦ってうろうろ探し回りました。車でアルプスのトロフィーを目指すなら、入口まで直行した方がいいでしょう。
ただし町中の細い坂道を歩くこと自体はお勧めです。小じんまりとしたレストランや小物を売る店があったり、かつての城壁らしきものが建物と一体化していたり、見ていて飽きません。
西に5kmほどのところにあるエズという町は鷹の巣村として知られ、一般的にはこちらの方がはるかに有名な観光地です。私が訪れたときはエズのホテルに泊まりましたが、ニースのような都会に泊まるよりゆったりできていいですよ。
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