ガリアの玄関口アオスタ(イタリア)
アルプス山脈の南の麓の街アオスタ。ここはローマ本国からアルプスを越えてガリアに抜ける主要ルートの、ローマ側の玄関口です。アオスタに残る遺跡は個性的で、実際に目にしてみると新たな発見も多く、とても刺激になりました。
※ローマ橋ポン・サン・マルタン(Pont-Saint-Martin)、ドンナス村(Donnas)のローマ街道跡は別記事に分離しました。

ガリアの玄関口アオスタ
アルプス山脈はイタリアの西から北を囲むように聳えていて、イタリアとフランス、スイス、オーストリアとの国境となっています。かつてローマ本国とガリアの間を壁のように隔てていました。アオスタはポー平原からドラ・バルテア川が刻んだアオスタ渓谷を遡ったところにあり、このアルプスの2つの峠越えの街道の分岐点です。

アオスタ渓谷
アオスタから北に谷を遡るとグラン・サン・ベルナール峠を越えてスイスに、西にドラ・バルテア川を遡るとプチ・サン・ベルナール峠を越えてフランスに抜けられます。どちらも古くからのアルプス越えルートです。ガリアと呼ばれる地域の中でも、カエサルによって征服された今のフランス北中部方面には最短経路となるので、この地域の経営に重要な意味を持っていたと思われます。

アオスタから北に伸びるブティエル川
古代ローマがこの地域に設置したアルペス・ポエニナエ属州はアルプスの両側にまたがっていて、峠を越えたスイス側のマルティニやフランスを含んでいました。どうしても現在の国境に囚われて、厳然とした境界がそこにあり国境の内側は一体になっているように捉えてしまいがちですが、この地方を知るには峠を超えたスイスやフランスとのつながりを考え合わせる必要があります。現在のイタリアを統一したサヴォイア家のもともとの領土も今のイタリア、スイス、フランスにまたがっていましたし、アオスタを州都とする現在のヴァッレ・ダオスタ州はイタリア語に加えてフランス語も公用語で、道路標識にも”Aosta/Aoste”とイタリア語、フランス語が併記されています。こうした背景からヴァッレ・ダオスタ州は自治州となっていて、独自の道を歩んでいます。イタリアを統一したサヴォイア家の王を生んだ土地が自治州としてイタリア政府から距離をおいている、というのもまた不思議ではあります。
アウグストゥスの凱旋門
今ではイタリア国内なので早いうちからローマの支配下にあったかと思いきや、ローマがここを支配下に置いたのは意外と遅いのです。
この辺りを支配していたサラッシ人を征服したのはアウグストゥスで、紀元前25年のことでした。征服後にアオスタの前身となるアウグスタ・プラエトリア・サラッソルム(Augusta Praetoria Salassorum)が建設され、戦勝を記念して街の東側の街道上に建てられたのが今も残るアウグストゥスの凱旋門です。

アウグストゥスの凱旋門
アルプスを西に越えた今の南仏プロバンス地方にガリア・トランスピナ属州が置かれたのが紀元前121年、フランス北中部からドイツ西部がアウグストゥスの養父カエサルによって征服されて属州が置かれたのが紀元前50年台です。これらと比べて紀元前25年というのはずいぶん遅く、ローマがアルプス地方の制圧に苦労したことがわかります。紀元前11年になってようやくアルペス・ポエニナエ属州が置かれ、アオスタがその州都とされました。
紀元前6年に南仏ニース近くのラ・チュルビーに造られたアルプスのトロフィーは、アウグストゥスがアルプスを征服したことを讃えて造られたもので、ここに征服した部族の名前が刻まれていていますが、サラッシ人の名もちゃんと書かれています。
プレトリア門
当時街を囲んでいた城壁が途切れ途切れですが残っています。所々に見張り塔もあります。圧巻なのは今では街の真ん中になってしまったかつての東の入口プレトリア門で、門というより堅固な要塞みたいな感じです。
門には中央に大きな口、両側に小さな口があります。ローマ街道は中央が車道、両側が歩道でした。これがそのまま門の3つの口につながり、馬車などの車両は中央の口、歩行者は両側の口から街に出入りしたわけです。

プレトリア門

分厚い堅牢な門です。当時の地面は5mほど下なので、見上げるような高さでした。
プレトリア門を通る通りはほぼ一直線に街を東西に貫いています。古代ローマの都市は東西にデクマヌス・マクシムス、南北にカルド・マクシムスが貫く構造で、このデクマヌス・マクシムスがほぼそのまま現在のメインストリートになっています。2千年前、この街の最初の住民となった退役兵もここを歩き、建物の背後に雪を被った山がそびえている今と変わらぬ光景を眺めていたのでしょう。

古代のデクマヌス・マクシムス。道の先に見えるのがプレトリア門。
ローマ橋
凱旋門から東に100mほどの家並の中にローマ橋が残っています。でも下に川は流れていません。それどころか北側は壁で塞がれています。
凱旋門とこの橋の間に北から流れてきたブティエル川が通っていますが、もともとこのローマ橋はプティエル川を越えるものでした。後に川のほうが流路を変えて、こんな姿になってしまったのです。

川はなく、北側は壁で塞がれています

東のたもとには水飲み場があります。
首都ローマからはるばるアオスタ渓谷の道をやってきた旅人は、この橋でブティエル川を渡り、目の前にそびえ建つ凱旋門をくぐります。すると450mほど先に城壁に囲まれた街が横たわるのを目にしたでしょう。道の先にはプレトリア門があり、出入りする人々が見えてほっと一息つく、という感じだったでしょうね。今では凱旋門のところまで店が連なり、プレトリア門は見えませんが。

橋の先150m程のところに凱旋門が聳えます。
ローマ劇場
プレトリア門を入ってすぐ北側に、アルプスを背景に壁がそびえ立っています。これはローマ劇場の残骸です。ローマ劇場の跡が壁だけというのは他では見たことがありません。

ローマ劇場跡
さてローマ劇場の壁というと、以前訪れたオランジュのものを思い起こします。これは舞台背後のファサードで、観客席に座ると正面にそびえ立つように見えます。アオスタの壁もこれと同じものだと思い込んでいました。
ところが現地に行ってみたら、壁はわずかに残ったアーチ型の観客席の背後に建っているのです。説明板に復元図があったので見てみたら、もともとこのローマ劇場は四方を壁で囲われていて、そのうちの観客席背後の壁だけが今残っているのでした。首都ローマのマルケッルス劇場やコロッセオも観客席の背後は円形なので、平面の壁が観客席の背後のものなんて考えてもみませんでした。確かにオランジュのファサードみたいな厚みのある建造物ではなく、文字通り薄い「壁」です。

壁は観客席の背後に建っていました。
この劇場は外から見ると四角い建物だったわけです。他のローマ劇場も実は四角く囲われていたのでしょうか。今度調べてみたいと思います。

四角く壁が取り囲んだ建物だったのです。
ちなみに古代ギリシァの劇場では観客席は自然の斜面や掘りこんだ斜面を利用して造っていたので、観客席の後ろ側というのは存在しません。平面に造るのが、首都ローマに紀元前55年に造られたポンペイウス劇場を元祖とするローマ劇場の特徴です。アオスタの劇場も完全な平面に造られています。
クリプトポルティコ
街の中心にあるアオスタ大聖堂の脇に地下に通じる入り口があり、中は柱が立ち並ぶ通路になっています。これは古代ローマの都市の中心にあったフォルムを囲む列柱廊です。クリプトポルティコ、地下回廊と呼ばれています。

クリプトポルティコ(地下回廊)
もちろん当時は地表にありました。長い年月を経て、洪水やがれきが積み重なり、その上に建物が再建されることで街は埋もれていきます。それが発掘、復元されたのが今の姿です。
この柱廊は今の地表面から5mくらい下にあります。ということは、プレトリア門もかつて5m下からそびえ立っていたわけで、かなり巨大なものだったことがわかります。

今では地下ですが、当時はもちろん地上にありました。
アオスタ近郊の水道橋
アオスタから西に8kmほどのところで、アオスタ渓谷を流れるドラ・バルテア川に南側からグランド・エイヴィア川(Grand Eyvia)が流れ込んでいます。この川を5kmほど遡ったところに小さな集落があり、ここに古代ローマの水道橋、ポン・デル(Pont d’Ael)が残っています。

橋と同じ名の小さな集落にあります。

古代ローマの水道橋、ポン・デル(Pont d’Ael)
水道橋の上はハイキングコースになっていて、自由に渡ることができます。訪れた3月初めには雪が残っていました。幅は2.26mと細身。下は深く切れ込んだ渓谷で150mの深さがあり、滝と言ってもいいほどのかなりの急流です。

橋の上はハイキングコースのルートで渡れます。

下はかなりの急流。
造られたのは紀元前3年で、鉄鉱石の運搬と灌漑、アオスタへの給水を兼ねていたと言われています。(英語版Wikipediaによる)
この水道橋の特徴は、水路の下に人が通れる通路があることです。これは水漏れをチェック、修理するためのものだとか。ポン・デュ・ガールを始め他のローマ水道橋にはこんな設備はありません。水を通すだけでなく鉄鉱石を運んでいたので、傷むことがあったということなのでしょうか。外から見るとこの部分には上下2列に明り取りと言われている窓が並んでいるのがわかります。

明り取りと言われている窓が並んでいます。
集落側の橋のたもとに見学用の建物があって、階下から水道橋の下の通路に道がついています。シーズンオフで営業しておらず、対岸の入り口も鍵がかかっていて、残念ながらこの監視通路には入れませんでした。中は高さが3.88mもあるそうですから、楽に作業ができたのではないでしょうか。
水道橋の両側に水道がどう続いていたのか気になりますが、どう通しても傾斜が急になってしまいそうで、わかりませんでした。結構勾配がきついルートだったのかもしれません。

ポン・デルの集落の小さな礼拝所。
行き方
アオスタに近い都市はミラノ、トリノです。鉄道ではミラノから3時間半ほど、トリノから2時間半ほどです。ただし高速列車どころか直通列車もなく、途中でローカル列車に乗り換えなければなりません。
バスや車だとミラノから2時間半、トリノから1時間半ほどです。アオスタまで高速道路が通じていて楽に行けます。
アオスタの街の遺跡は徒歩で回れます。

アオスタはアオスタ自治州の州都。

ライトアップされたアウグストゥスの凱旋門。
アオスタ渓谷を50kmほど東に下ると、谷間を流れてきたドラ・バルテア川が、トリノやミラノなどの大都市があるポー平原に流れ出ます。ローマ側から来るとアオスタ渓谷の入口にあたるこの辺りに、ローマ橋とローマ街道が残っています。これは必見です。

ローマ橋ポン・サン・マルタン(Pont Saint Martin)。
アオスタ渓谷には古城が散在しています。中世以降のものですが、併せてこれを巡るのもお勧めです。

Castello di Cly(アオスタから東に25km)

Quart Castle(アオスタから東に9km)

サンピエール城(Castello di Saint-Pierre)(アオスタから西に8km)

フォート城塞(Forte di Bard)(アオスタから東に46km)
巨大な城塞で高速道路からもよく見えます。

フォート城塞の斜行エレベーター。
スイスかフランスからアルプスを越えて訪れることもできます。
グラン・サン・ベルナール峠は冬通行止めの峠越えの旧道の他、通年通行可能なトンネルもあり、レマン湖方面から来ることができます。
ドラ・バルテア川の上流はプチ・サン・ベルナール峠よりも、今ではそのまままっすぐモンブランを突き抜けるモンブラン・トンネルの方がメインルートです。モンブラン・トンネルのフランス側は大観光地のシャモニーです。
次回訪れる時はレンタカーでこれらの峠道やトンネルを活用し、スイス、フランス、イタリアと周遊してみたいと思っています。










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